Selasa, 02 Oktober 2018

イスラムとは


イスラーム 世界宗教の教えとその文明


「神戸ムスリムモスク冊子からの」

1.イスラーム世界と日本
 21世紀を迎えた国際社会では、グローバル化や通信・運搬手段の発達によって、人々の往来や経済面や文化面での交流が盛んになり、国々の間の距離もどんどん縮まっています。日本とイスラーム世界の関係も例外ではありません。
とはいえ、イスラーム世界は最近まで、日本にとっては遠い世界でした。イスラームも、なじみの薄いものでしたし、イスラーム文明の遺産もあまり知られていません。
よいよい地球社会をめざすために、豊かな人類文明を築くためにも、これから日本とイスラーム世界が相互理解を進めていくことは、とても大事なことです。
7世紀にアラビア半島で始まったイスラームは、洋の東西に広がっており、アジアやアフリカにはたくさんのイスラーム国があります。最近では、西欧や北米でも、キリスト教に次ぐ第2の宗教になっています。
日本への伝来は、仏教やキリスト教と比べると新しく、名古屋に最初のモスクができたのが昭和6年(1931年、現存せず)、東京にモスクが建てられたのは昭和13年(1938年)のことでした。
写真の東京ジャーミイ(モスク)は、かつの東京モスクと同じ場所に2000年に新築されました。外観も大変エキゾチックですが、内装もたいへん美しく、多くの見学者や観光客が訪ねています。

神戸モスクは、昭和10年(1935年)に建設されました。現存する日本で一番古いモスクです。国際都市・神戸のシンボルの一つとして、多くの人々に親しまれてきました。1995年の阪神大震災の際にも地震に耐えて持ちこたえ、付近の住民の避難所としても役に立ったということです。
東京と神戸では、このように、ドームとミナレット(塔)を備えた本格的なモスクを見ることができます。このほかにも、最近は日本のあちこちに小さなモスクがつくられています。イスラームの礼拝所であるモスクは、イスラームの生活に欠かせないものです。
さて、イスラームとは、どのような教えなのでしょうか。
今日の世界人口の約5分の1がイスラーム教徒ですが、それほど多くの人が生き方の指針としているイスラームとは、いったい、何を教えているのでしょうか。



2.イスラームとは
イスラームとは「帰依」「絶対服従する」を意味します。
また、帰依によって、心や暮らしの「サラーム(平和、平安)」を得ることをします。
「イスラーム」も「サラーム」も、もともとのアラビア語では「平和となる」「平安を得る」という言葉から派生しています。
イスラームの教えをもっとも簡潔にでいえば、次の二つの言葉であらわされます。
 

【ラー・イラーハ・イッラッー】
(アッラーのほかに神なし)
【ムハマド・ラスールッラー】
(ムハマドはアッラーの使徒なり)

この二つの認める人は、誰でもイスラーム教徒なることができます。
他にいかなる条件もありません。その意味では、イスラームはとてもシンプルなものと言えます。
イスラームは、唯一神アッラーへの帰依をお勧める教えですので、聖典でも、

「まことにアッラーの御許の教えはイスラームである」イムラーン家章19節
と述べられています。

3.  ムスリムとは
イスラーム教徒を「ムスリム」と呼びます。その意味は「帰依する者」「教えに従う者」です。
いいかえると、唯一神アッラーと預言者ムハマドを信じ、イスラームの教えに帰依して、生きる者が、「帰依した人」=「ムスリム」=「イスラーム教徒」ということになります。
イスラームの考えでは、その聖典である「聖クルアーン」に、人間生活のすべてについて、精神的な美徳や宗教儀礼から生活規範に至るまで、あらゆる面に関する大事な教えが書かれています。だから、イスラームの教えに従って暮らすことによって、心の平安を得ることができる、というのです。
また、女性のムスリムは、「ムスリマ」といいます。アラビア語では、女性型の語尾が「ア」の音になりますので、最後の文字だけ「ム」が「マ」となっています。「帰依する女性」という意味になります。

4. 聖典クルアーン
 イスラームの聖典は「聖クルアーン」と呼ばれています。日本では、ながらく「コーラン」と訛って呼ばれていました。
この冊子では、「聖クルアーン」と表記したいと思います。というのも、他の宗教の例を見ると、日本では信者でなくても、「聖書」「お経」と言っているからです。丁寧な表現で敬意を宗すことは、日本の美しい礼儀作法のいいところです。
さて、この聖クルアーンの昌頭には「開扉章」という短い章があります。わずか、7節しかありません。信者は、毎日の礼儀のなかで、この章を少なくとも17回繰り返し読みます。

開扉章
·       慈愛あまねく慈悲深きアッラーの御名によって
·       アッラーに称えあれ、
·       諸世界の主、 慈愛あまねく慈悲深きお方、 審判の日の主( であるアッラーに称えあれ
·       あなた( アッラー) をこそ私たちは崇拝し、 あなた( アッラー) にこそ助けを請い願う
·       私たちを直き道に導きたまえ、
·       あな た( アッラー) が恵みをくだされた者たちの道に、
·       あなた( アッラー) の怒りを受けた者や踏み迷った者たちの道ではなく
 この章の前半は、世界を創造した唯一神アッラーを称え、後半は、人間が神の加護と導きを願うものとなっています。ここにイスラームの教えが凝縮されている、とも言われます。
絶対神とされるアッラーに「あなた」と直接呼びかけることは、一般の日本人にとって不思議に思えることかもしれません。イスラームでは神と信徒の直接的な関係を重視していますが、その現れということもできます。
 聖クルアーンはアラビア語で書かれ、アラビア語で読まなくてはなりません。イスラーム諸国では、多くの信者が聖クルアーンの朗誦を習ってます。7世紀のアラビア語でいつでも預言者ムハマドの時代と同じように、啓示の言葉を聞くことができるのです。

5.アッラーとは
 アッラーという言葉は、日本ではときどき「イスラームの神」と紹介されていますが、それは少し違いますイスラームは唯一の神だけを認めますので、アラビア語で「アッラー」というときは唯一神そのものをさしてます。キリスト教でも、アラビア語で神を言うときは「アッラー」と言います。
アッラーは世界を創造し、人間を創造した造物主ですが、姿も形もありません。人間はアッラーを見ることはできないとされています。
よく知られているように、イスラームでは偶像崇拝を厳しく禁止していますので、アッラーを描いた画像や彫像などは全く存在しません。礼拝所であるモスクの中にも、いかなる神像もありません。
しかし、イスラームの教えによれば、型クルアーンを読むことで、アッラーがいかなる存在があるか知ることができます。
たとえば「純正章」と名付けられた章があります。この章の題名は、唯一神についてもっとも純正な教えが書かれている、という意味です。そこでは、次のように述べられています。

「言え、アッラーは絶対無比者。アッラーは永遠の自存者生みもせず生まれもしない。かれに比べうるものは何ひとつない」      (純正章1〜4節)

またアッラーはどのような存在であるかについて、次のように言われます。

 

  • かれこそはアッラー、他にいかなる神もない。
  • 不可視界と町視界のすべてを知り給う。
  • かれは慈愛者、慈悲者。
  • かれこそは、唯一無二なる神アッラー、王者、神聖者、平安者、信仰を与え、保護なさる方、比類なき力を持ち、すべてを統べる偉い大者。
  • アッラーに称えあれ。かれは、人びとの過ちを超越し給う。
  • かれこそはアッラー、創造者、造物主、造形者。かれには美しさ御名があり、天と地にあるすべてのものが、かれを称える。かれこそは強力者、叡智者。                       (集合章2224




このように、唯一神の慈悲、強大な力、無限の叡智、世界の創造などについて、聖クルアーンは教えています。たとえ姿や形はわからなくとも、神について知ることができるというのがイスラームのメッセージです。


6.預言者ムハマドとは
 イスラームの開祖ムハンマドは、6-7世紀のアラビア半鳥に生きた人です。西暦570年に、商業都市あったマッカに生まれ、40歳のとき(610年頃)、預言者としての活動、開始しました。
イスラームでは、唯一神アッラーとともに、天使、諸啓典、諸預言者、終末の日、定命(運命)を信じています(これを「六信」と言います。預言者とは、啓示の受け手として神に選ばれた人間で、啓とはその啓示の書です。    
天使は、それを預言者に運んでくる役割を担います。
ムハンマドは、この「諸預言者」の一人であるのみならず、最後の預言者とされています。最初の預言者は人類のアダムで、それ以来数多くの預言者が神の教えをもたらしました。預言者の中で、特に教えを広める使命を帯びた人が「使徒」と呼ばれます。聖クルアーンには、

 
「すべての民に、それぞれ使徒を遣わせた」       (宝蜂意36


と明言されていますから、日本にもかつて使徒が遣わされていた可能性は大いにありえます。いずれにしても、数多くの使徒が人類の歴史のなかで現れました。そして、ムハンマドが「最後の預言者」「最後の使徒」として現れたのです。
ムハンマドはアラブ人でしたが、イスラームはアラブ人だけの宗教ではありません。彼に下された教えは、人類全体のものであるとされます。実際、イスラームは5大陸のすべてに広がっていますから、そのことは今さら言うまでもないかもしれません。
ムスリムたちは、預言者ムハンマドを大変に尊敬しています。しかし、そうであっても、彼は神ではありませんし、神格化されることもありません。イスラームでは、唯一神アッラー以外の存在を、神の座につけたり神と並び立つものと考えることを、きびし戒めています。その人がどれほど偉大な人物でも、あるいはたとえ天使であろうとも、神とみなすことはありせん。偶像モ禁じるイスラームでは預言者ムハンマドの像はありません。彼はしばしば薔薇の花にたとえられます。

7.人類へのメッセージ
預言者ムハンマドの言葉として、次のように伝わっています。

 

「私は、人類みなのために遣わされた」

 非イスラーム圏では、彼を「アラブの預言者」と誤解している場合もありますが、彼がアラブ人であったことは、イスラームの教えがアラブ人のためにあることを意味していせん。
聖クルアーンは、世界の諸民族について、次のように教えています。

「人びとよ、神は一人の男性と一人の女性から汝らを創造し、汝らが互いに知り合うようにと、汝らを諸民族と諸部族となした。アフラーのみもとで最も尊い者は、もっとも神を畏れる者である。アフラーは全知にして、すべてを知り給う。」                          (部屋章13節)
 

宗教として見た場合に、イスラームは教義がかなり単純になっていますが。「人類全体の教え」をめざすという立場が、シンプルさを生み出していると考えることができます。
実際、ムスリムたちはしばしば、自分たちの宗教がシンプルで明解であることを、誇りをもって語っています。
シンプルであるよりも、複雑な思考や高度な哲学が含まれている方が、宗教として高級だという考えもありうるでしょう。しかし、イスラームでは、聖職者や僧侶はありませんので、そのような専門の人だけがわかる教義は用意されていせんし、一般信徒はむずかしいことはbからなくてもいい(ただ、聖職者に従っていればよい)という考え方もしません。
イスラームはすべての人間のための教えだから、とんな人でも理解でき、どんな人でも教えに従って生きることができるというのが、イスラームの主張なのです。


8.聖クルアーンの不思議
 ムスリムたちは、聖クルアーンを文字通り「神申の言葉」が伝達されたものと信じています。神が自らの人類に対するメッセージを「啓示」として天使に運ばせ、それが預言者ムハンマドを通して人類に伝えられた、と考えるのです。
このような考えは、日本ではなかなか理解されにくい面もあります。しかし、それがなかなか理解できない、という点では、ムハンマド時代のマッカの人びとも同じだったようです。そのことは、聖クルアーンの記述のなにかにも登場します。
ムスリムたちは、そのような信じられないことが起こるという証明が聖クルアーンなのだ、と考えています。つまり、アラビア語の聖クルアーンを読むならば、それが人間業ではないことがわかるのであり、わかったからこそ、マッカの人びとも最後は入信したのであり、聖クルアーンは「奇跡」なのだと言います。
クルアーンは!奇跡」なのだと言います。最近では、近代以降になって発見された科学的事実がすでに聖クルアーンの中に見られる、ということから、最近では、近代以降になって発見された科学的事実がすでに聖クルアーンの中で見られる、ということから、その奇跡性を論じるムスリム科学者も少なくありません。その議論を一部ご紹介しましょう。聖クルアーンの記述は、次のような科学的事実と整合していると言われています。


1)地球が球形で、宇宙のなかに存在していること。
2)人間、動物、植物に雌雄の仕組みが存在すること。
3)すべての生命体が水から生まれていること。
4)生態系の調和を保っていること。
 
聖クルアーンは、たとえば、人間の胎児が成長する過程を次のように描いています。


神は精滴から凝血を創り、次にその凝血からやわらかな塊を創り、その塊から骨を創り、その骨を肉で覆い、そしてその者を独立した生命体とした」                        (信徒たち章14節) 

このような記述は現代科学の見解とも矛盾しません。否洋では、キリスト教会の立場と近代科学が対立したことが知られていますが、イスラームの場合はより合理的な考え方をしていると言えるでしょう。

9.信仰箇条
イスラームには、ムスリムが守らなければいけない信仰箇条と信仰行為があります。信仰箇条は「六信」と呼ばれていますが、それはムスリムが誰でもその存在を信じなくてはならない六つの事柄です。
1)唯一・絶対の神アフラー
2)天使
3)諸啓典(アッラーからの啓示)
4)諸預言者(アッラーからの啓示を受け取った人びと)
5)終末の日(世界の終わりと来世)
6)定命(すべての人間の運命が神によって定められていること)
人間は誰もが、終末の日によみがえり、生前にこの世で行なった善悪すべての裁きを受け、よい行ないが多ければ楽園へ、悪い行ないが多ければ火獄に入るとされています。イスラームの教えでは、すべてにまさる最良の行ないは、創造主アッラーの存在を認めることです。

10.五柱




イスラームには、信徒が誰でも守るべき五つの信仰行為を「五柱」と呼んでいます。この柱の上に、イスラームという宗教が築かれている、という意味です。








1)信仰告白(「アッラーのほかに神なし」「ムハンマドはアッラーの使徒なり」と 公けに証言すること)

2)日に5回の礼拝(聖地マッカに向かい、アッラーに捧げる祈り)
3)喜捨(貧しい人のための自分の財産からの寄付)
4)ラマダーン月の断食(5)生涯に一回のマッカ巡礼(肉体的・経済的に行ける人のみ)
信仰箇条と信仰行為を合わせて、「六信五行」とも言います。


11.イスラーム世界の広がり






 イスラームは7世紀のアラビア半島に生まれ、アジア、アフリカに大きく広がりました。近年は、移民などの人口移動に伴い、西欧、南北アメリカ、オーストラリアなどでも重要な存在となりつつあります。国際機構であるイスラーム諸国会議機構の加盟国が57に及ぶほか、イスラーム人口が全くいない国はほとんどないと言ってよいほどです。


12.イスラーム文明
イスラームは宗教として7世紀のアラビア半島で始まりましたが、その後、東西に広がり、世界文明を築きました。
特に、アッバース朝の時代には東は中国から西は地中海に至る東西貿易ネットワークを確立し、首都バクダードは当時世界最大の都市として栄えました。
およそ8世紀から15世紀に至る間、イスラーム文明は当時もっとも先進的な文明として、世界に大きな影響を与えました。イスラーム科学の書物が、西欧で長らく教科書として使われ、ルネサンスもイスラーム文明の影響によって花開いたとされています。
イスラーム文明の特徴の1つは宗教と科学の共存・調和で、西洋で宗教と科学が対立したのとは対照的です。ムスリムの科学者たちは、神の創造した世界の法則を探ろうと、さまざまな探求をおこない、天文学、数学、化学、物理学、光学、医学、地理学などの分野でめざましい成果をあげました。
日本語でも数字を「アラビア数字」と呼ぶのは、イスラーム世界の数学が西洋を経て伝わったことを示しています。
 イスラームでは、神の実在を前提とする世界観、人生観とならんで、科学的な探求が奨励されました。聖クルアーンも、人間に宇宙や自然界について考え、その中に隠されている法則や真理を見つけるよう、呼びかけています。
「まことに、天と地の創造、昼夜の交替の中には、思慮深き者たちにとっての徴がある」 


イスラーム科学は、このような教えに支えられて発展しました。
その歴史をふりかえると、バグダードで活躍した哲学・数学・天文学のキンディー(873年没)、アリテレスに次ぐとして「第2の師」と呼ばれた哲学者ファーラービー(950年没)、近代以前の世界で最良の医学書を著したイブンスィーナー(1037年没)、光学を確立したイブン・ハイサム(1040年没)、薬学で名を馳せたイブン・バイタール(1248年没)、「社会学の父」とされるイブン・ハルドゥーン(1395年没)など、多くの名前が燦然と輝いています。

13.イスラーム建築と世界のモスク
イスラーム建築は、大きなドームと高いミナレット(尖塔)、美しいタイル、流麗な分様、多彩なカリグラフィー(書道)などによって、よく知られています。
写真のタージ・マハルは、おそらく最も有名なイスラーム建築の1つで、日本人にもなじみがあります。タージマハルは、世界遺産にも登録されていますが、17世紀に建築されたムガ朝の王妃の廟で、亡き妻に対する国王の愛がよく現れています。非常に精密な幾何学的な配置と繊細な装飾で知られています。
また、スペインの「アルハンブラ宮殿」も、日本人観光客が訪れるスポットとなっています。グラナダにあるこの宮殿はイスラーム時代の1314世紀に建設され、美しい庭園が有名です。
しかし、何と言つても、イスラム世界を代表するのは、モスク(礼拝堂)建築でしょう。
モスクは、正しくはアラビア語で「マスジド」と言いますが、これは「額ずく場所」を意味しています。つまり、信徒が神に祈りを捧げて額を床につけ、神の偉大さを称える姿に由来します。イスラムでは、これを人間の謙虚さをもっともよく示す姿として、尊んでいます。
イモスクの原型は、マディーナにある「預言者モスク」です。ここは、マッカに次ぐ聖地とされ、世界中からムスリムたちが訪れています。モスクのなかには、マッカの方角を示すミフラープ(壁龕)、ミンバル(説教壇)などがありますが、いずれも、預言者ムハンマド時代にマディーナのモスクで使われたのが始まりです。   
イスラームが各地に広がると、その土地の気候・風土や建築素材にあったモスクとその建築様式が発展しました。
北アフリカなどでは雨が少ないので、非常に広い中庭と回廊を持つモスク様式が好まれています。
イランや中央アジアでは、ブルーのタイルがひときわ目を引きます。青は、天(空)の色、海の色であり、イスラムが好む色の1つです。
聖クルアーンにも、天地や海が、次のようにうたわれています.

「まことに、天地の創造、昼夜の交替、人びとに役立つものを運んで海原をゆく船、神が天から降らせ大地を蘇らせる雨…には、神の徴が示されている」
雌牛章164

 



14.アジアのモスク
 中国やチベットでは、お寺のようなモスク様式が発展しました。さまざまな様式のモスクは、姿・形が変わりながら、イスラームの教えが各地に広がっていることを示しています。また、時代の変化にも対応しています。現代では、モダンな様式のモスクも増えています。

15.人間観
 イスラームは、人間がすべて平等であること、人間には誰にも侵してはならない尊厳があり、その名誉は守られなくてはならないことなどを説いています。生命、身体、財産、信条などは不可侵とされ、11人の人生が尊重されます。
また、男女が平等であることについても、聖クルアーンは次のように明言しています。


「男性でも女性でも、よい行いをする者が信仰者であり、彼らはみなが楽園にはいり、誰一人不当にあつかわれることはない」                       女性章124

 



その一方で、イスラームは人間と人間のつながりを非常に重視します。人間は互いに結び助け合って生きる存在である、と考えるのです。社会も単なる個人の集合ではなく、人々が共に生き、互いの関係のなかで自分を実現していく場なのです。
16.家族観
 イスラームは、人間は互いに助け合いながら生きるものとして、社会の基礎となる家庭に大きな重要性を置いています。家庭を持つことによって、人間社会は次の世代を育て、倫理を継承し、社会を安定させうると考えるのです。
家庭は、男女の結婚によって生じるものですから、結婚についても大きな価値を認め、男女の信徒はできるだけ結婚するよう勧めています。
また、結婚してから家庭を大事にすることは、個々人にとって安定した幸福な生活をもたらすのみならず、イスラームにおいては宗教的な善行と考えられています。 預言者ムハンマは、次のように述べています。
「汝らのなかでもっともよき人は、自分の家族に優しい人である」

また、イスラームでは、唯一神の信仰とともに、両親に対する善行を勧めています(日本語では、「親孝行」という方がわかりやすいかもしれません)
「汝の主は定めた。ただ、かれ(アッラーだけを崇拝するよう。そして、両親に対してよき行いをなすように、と。」                                      夜の旅章23



17.イスラーム法
イスラームの教えは、社会生活の全般にわたっています。人間が共同体をつくりながら暮らしていく上でのルールや決まりは、シャリーア(イスラーム法)という形で示されています。これは、イスラーム法の専門家である法学者たちが、聖クルアーンの言葉と預言者ムハンマドの教えの中から、実際の社会をどのように運用していくかを汲み上げて、体系化したものです。その中には、礼拝や断食などの宗教儀礼、食事や衣服をめぐる規定に始まって、結婚・離婚、商業の契約や利子の禁止などの規則もあり、さらに犯罪の防止と刑罰、統治者の責任と権限など政府・行政や司法に関するルールも定められています。
最近よく話題になる「ジハード」なども、信徒自身の心の中の悪や、さらには社会的な悪と戦うことを意味する重要な教えとなっています。またジハードの中には、自分たちの郷土や住居・財産を守る戦いも含まれます。
イスラーム法は、正義、公正、社会的責任などに基づいて社会を運営していくための“トータル・システム”であると言うことができます。

18.イスラームから見た日本社会
イスラーム世界と日本の交流が盛んになり、近年では、イスラーム世界から日本を訪れたちや留学生も増えています。彼らに日本について尋ねると、誰もが日本への賛美をロにしますが、特に、「イスラームの価値観と似ているものがたくさんある」という感想を聞きます。









どのような面が似ていると考えられているのでしょうか。次に、よく話題となる点を紹介いたします。
1)両親への敬意、親孝行
2)家族の重視
3)清潔
4)真面目さ、誠実さ
5)勤労精神
6)社会的相互扶助
7)自己抑制と他人への思いやり


8)宗教心の尊重

このような面を見ると、ムスリムたちが日本に対して親近感と尊敬心を持っていることがよくわかります。これまでは互いに遠い世界だったかもしれませんが、相互理解の道は大きく開かれているのではないでしょうか。

ムスリムの中で、もっとも信仰の厚い者は、礼儀作法がもっとも正しく、自分の妻をもっともよく扱かう者である。
アッラーからの恵みは、二つあるが人々の多くはそれを知らないでいる。すなわち健康と余暇である。
宗教は、すべての暴力に対する抑制である。ムスリムは決して暴力をふるってはならない。
ムハンマド(がれの上に平安あれ)イスラーム入門シリーズ(No.6)預言者ムハンマドの伝承集より抜粋









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